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もし「遠い山なみの光」のニキがカップルパビリオン目指して大阪万博に行ったら

もし「遠い山なみの光」のニキがカップルパビリオン目指して大阪万博に行ったら
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When Niki from ‘A Pale View of Hills’ Sought the Couple’s Pavilion: Reflections on the Osaka Expo

「遠い山なみの光」のニキ、カップルパビリオンを目指す 〜大阪万博で見た”いのちの輝き”〜

10月8日、万博閉幕間際。夕暮れの大屋根リングを抜け、ヒカシズ(光の広場~静けさの森)の竹ベンチに向かう足取りは、どこか詩的だった。

そう、あの「遠い山なみの光」のニキが、ついに”カップルパビリオン”が爆誕した伝説の地へと旅立ったのだ。
もちろんBGMは、ニュー・オーダーのCeremony。

「いのちと、いのちの、あいだに」
……日本館のテーマが、まさかこんな形で具現化されるとは誰が予想しただろう。
竹ベンチには、まるで映画のワンシーンのようなラブラブカップルが寄り添い、ハグし、キスし、そして静かに”未来”を見つめていた。

ニキは言った。「あれが、いのちの未来(意味深)か…」

スマホのYouTubeライブカメラのチャット欄はお祭り状態。「そろそろ警備員が布団持って来ますよ!」「オールナイト万博始まるんかな」「あのベンチ、イチャイチャの森ベンチになった笑」「いのちめぐる冒険しすぎ」──万博らしい(?)ウィットに富んだコメントが飛び交い、ニキも思わず笑みをこぼす。

PIXが案内するイギリス館も、藻ハローキティが並ぶ日本館も、ドラえもんが未来を語るパビリオンも素晴らしかった。
でも、ニキが一番心を動かされたのは、あの竹ベンチで交わされた”無言の愛”だった。

遠い山なみの光は、確かに美しい。でも、今ここにある”いのちの輝き”も、負けず劣らず眩しい。

そしてニキは、そっとスマホをしまい、静けさの森を後にした。


ニキ、PIXと邂逅する 〜英国の未来と、竹ベンチの余韻〜

竹ベンチで”いのちの未来(意味深)”を見届けたニキは、ふと英国館へと足を向けた。積み木のようなモジュール建築が夕陽に照らされ、まるでロンドンの街並みが万博に舞い降りたかのようだった。

館内に入ると、赤い小さなキャラクターが跳ねていた。PIX──英国4地域を案内するAIガイド。ニキは思った。「この子、ただのマスコットじゃない。魂がある。」

PIXはスコットランドの風景を映し出しながら、こう語った。「ここは、霧と詩の国。あなたの”遠い山なみ”に似ているかもしれません。」

ニキはハッとした。まさか、PIXが自分の詩的感性に触れてくるとは。イングランドの産業革命、ウェールズの音楽、北アイルランドの自然──すべてがPIXの案内で、まるで心の旅のように流れていく。

イングリッシュガーデンで紅茶を一杯。フィッシュ&チップスの香ばしさに誘われ、ジョニーウォーカーバーでスコッチを一口。ニキは思った。

「遠い山なみの光もいいけれど、こうして誰かと未来を語る時間も、悪くない。」

展示の最後、PIXはニキに問いかけた。「あなたにとって、未来とは何ですか?」

ニキは少し考えて、こう答えた。「誰かと、竹ベンチで並んで座ることかもしれない。」

PIXは静かにうなずき、「未来は、誰かと分かち合うことで、もっと輝くんです」と囁いた。館内のライトがふわりと落ち、英国館を出ると、空には星が瞬いていた。


藻ハローキティと、いのちの証明書 〜火星に触れた日〜

イギリス館でPIXと未来を語ったニキは、静かに日本館へと向かった。そこは「いのちと、いのちの、あいだに」をテーマにした、循環と再生のパビリオン。木材で組まれた円環の建築は、まるで時間の輪廻を象徴しているかのようだった。

館内に入ると、まず目に飛び込んできたのは──藻。藻、藻、藻。そして藻をモチーフにした32種類のハローキティ。ニキは思わず立ち止まり、ひとつひとつのキティに目を細めた。

「藻の多様性って、こんなに愛らしいものだったのか…」

展示を進むと、次なる体験は「火星の隕石」。なんと、12.7kgの本物に触れることができるという。ニキはそっと手を伸ばし、冷たい石に触れた。すると、スタッフが言った。

「おめでとうございます。これが”いのちの証明書”です。」

手渡されたのは、火星に触れたことを証明するカード。ニキはそれを胸ポケットにしまいながら、静かに呟いた。

「遠い山なみの光も、火星の石も、そして藻ハローキティも──すべて、いのちの連なりなんだな。」

出口に向かう途中、3Dプリンターで作られた藻由来のスツールに腰掛け、ニキはしばし目を閉じた。未来は、もうすぐそこにある。いや、もう始まっているのかもしれない。


そしてニキは、万博の空を見上げながら、静かに歩き出した。

「いのちの未来(意味深)──それは、触れることのできる希望だった。」

大屋根リングの下を通り抜け、会場を後にする頃には、空は完全に紫に染まっていた。竹ベンチのカップルたちは今もあそこで未来を語り合っているのだろうか。PIXは次の訪問者に英国の四季を見せているのだろうか。藻ハローキティは今夜も静かに、いのちの循環を見守っているのだろうか。

ニキはふと、胸ポケットの”いのちの証明書”に触れた。火星に触れた証。遠い星の記憶が、今ここにある。

またいつか、ニキが旅に出る日が来たら、次はどんな”光”に出会うのだろうか。

それは誰にもわからない。ただひとつ確かなのは──遠い山なみの光を追い求めるニキが、今日、万博で見つけたのは、人と人のあいだに灯る、小さくて温かい光だったということ。

〈了〉


P.S. 竹ベンチは今日も健在。ヒカシズで愛を育むカップルたちを、静かに見守り続けている。

Niki’s Pilgrimage to the Couple’s Pavilion: A Memoir of the Osaka Expo

It was the eighth of October, you understand, and the Expo was drawing to its close. I remember walking beneath the Great Roof Ring as the evening light faded—there was something almost ceremonial about it, the way one’s footsteps carried one forward toward the bamboo benches of what they called the HiKashizu area, between the Plaza of Light and the Forest of Stillness. You might call it poetic, I suppose, though that wasn’t quite how I thought of it then.

The Japanese Pavilion had proclaimed its theme: “Between Life and Life.” One hadn’t anticipated, of course, that this philosophical proposition would manifest itself quite so literally. The bamboo benches had become, in the parlance of the online observers, the “Couple’s Pavilion”—a curious designation, really. There were young couples there, embracing with an unselfconsciousness that suggested they’d forgotten entirely about the presence of others, or perhaps the YouTube live cameras.

I found myself standing at a respectful distance, observing. “So this,” I murmured to no one in particular, “is what they mean by the future of life.”

The chat feed on my mobile was rather entertaining, I must confess. Someone had written that security would soon arrive with bedding. Another suggested an all-night Expo was commencing. The wit was of a particular strain—irreverent yet somehow affectionate—that seemed entirely appropriate to the occasion.

I had visited the British Pavilion, you see, where PIX had conducted me through the four nations with considerable charm. The Japanese Pavilion had presented its algae-themed Hello Kitty collection with admirable earnestness. Doraemon’s vision of the future had been diverting. But it was here, on these benches, that I found myself most deeply affected. The silent communion between two people—this, I realized, was what moved me.

There is a certain beauty in distant mountain light, yes. But the radiance of life as it unfolds in the present moment—well, that possesses its own particular luminosity.

I closed my phone quietly and took my leave of the Forest of Stillness.